異常な博士の希望 一章 義の心 ③

どうやらこの物体の名前はジャスティムスといい、何か、敵に狙われうる秘密を有しているらしい。縮んでいる担任教師の横でそう予想をした盾は、

ジャスティムスというのは、なんですか。適合者って……?」

「ん? 君は……」

コペルニクスは盾の顔を見るや彼に近づき、盾よりも頭ふたつぶん高い目で、見定めるように彼を眺め回した。すると黒スーツの女性も盾になにか思うところがあるのか、彼のもとへと歩み寄ってくる。

威圧を感じて萎縮する盾の「な、なんですか?」という声も置いて、

「ザビーネ、この子は、そうじゃないのか?」コペルニクスは確認をとる。

「そうね、この子……適合者リストの最上位に位置していた子ね。名前は確か」

ザビーネと呼ばれた黒スーツの女性は盾の顔を確認するとうなずいて、

「ジュン・キドウだったはずだな、少年?」

意味の分からない言葉の羅列に混乱する盾は、とっさに「そ、そうなんですか?」と返してしまった。コペルニクスが首をひねって「どういうことかな?」と口にした瞬間、教室の空洞から覗く外、ちょうど校庭のど真ん中にコペルニクスたちの言う「敵」が降り立った。

その姿は全高10メートルほどの、巨大な人型のロボットだった。禿頭のような楕円形の頭部には赤く光る双眼がついており、口元は白い布のようなもので隠されている。

上半身にはショートマントを思わせる三角形の装甲版が装着されていて、そこから延びる腕は野太く、右手には不吉で凶悪な輝きを照り返らせている、ギロチンを模したブレードが握られている。

円柱型の両足も、まるで鋼鉄をそのまま円柱の形に鋳造したかのような重厚さがある。

処刑人だ。この機体の姿かたちはまさしく、ギロチンで罪人の首を切り落とす処刑人の容姿そのものだった。

そんな凶悪そのものといった容貌の威圧に、盾は恐れてあとじさってしまう。その機体はギロチン・ブレードをジャスティムスなる人型の物体に差し向けて、

コペルニクス、ザビーネ……情けないねぇ。ロクに操縦もできないヴィーラ・マキナの中で、この私の刃にかかって死ぬんだよ、アンタ達はっ!」

女の声がそういった。どうやらこの機体のパイロットらしい。声の質感から、若くはないと察せる。三十代半ばといったところだろうか。

「まずいな、奴め……もう来たというのか。ザビーネ! 味方機は!」

コペルニクスが急いでジャスティムスなる物体の中に入ると、コペルニクスに代わって額に手を当てながら西側の空を見上げていたザビーネは、

「来たわ。……モラリニティよ」

ザビーネの視界の先、ちょうどジャスティムスが墜落してきた方角の中空から、さらにもう一つの機影が飛来するのが確認できる。どうやらそれが、モラリニティなる友軍の機体らしい。

その姿は同じく人型ロボットだったが、お世辞にも戦うために造られた機体には見えない。その姿はまるで聖職者のような容貌なのだ。

頭部には聖職者の円帽子を模した装甲が特徴を示し、胴体部分も神父のクロークを彷彿とさせる出で立ちで、腹部には黄金色の十字架が輝きを放っている。

その手には武装の類はなにも持たず、まったくの空手に見えた。

「モラリニティ? スズ・キムラか。戦闘タイプではないだろう。どうして彼女が来たのだ?」

コペルニクスジャスティムスの中で何やら作業をしながら、ザビーネに問いかける。

「とぼけないで頂戴。日本支部に常駐している機体が、私のとスズのしかないからでしょう。私はここに居るから、彼女が来るしかなかったのよ」

「中国支部からの出動を期待していたのだ。緊急性を鑑みれば仕方ないが、彼女では奴……ビーバッサ・デスネスには太刀打ちできまいな。自衛隊には悪いが、ヴィーラ・マキナ相手では彼らに期待できるものではない」

モラリニティなる機体は処刑人の風貌をした機体、ビーバッサ・デスネスの眼前に着陸し、ちょうどジャスティムスと校舎を背にして、全高7メートルほどの体躯が両者をかばう形で両腕を左右に広げた。

「やらせはしません。オーメン・ポライト。私にだって盾になるぐらいのことはできます」

モラリニティから儚げな少女の声が発した。まだ十六歳ぐらいの幼く、そして透き通るような声だった。スズというパイロットの少女だろう。

「戯れないでもらいたいねぇ。アンタなんかが、このデスネスのギロチンとまともに戦えるものかよっ!」

オーメンと呼ばれたパイロットの昂る口調とともにギロチン・ブレードが振り上げられ、躊躇の一息もつかない容赦のなさでモラリニティの脳天めがけて振り下ろされた。

モラリニティはとっさに両腕を眼前で交差させて、デスネスの右手首を受け止める形で間一髪、ギロチンの刃の直撃を回避していた。

エーテル・エネルギー・ビームッ!」

モラリニティも防御をしたままで黙ってはいない。スズという少女がそう声を発すると、機体の腹部にある十字架の中心に埋め込まれてある水晶体がまばゆい輝きを放ち、若葉のような淡い緑色の光の奔流が噴き出した。

デスネスは避けられるはずもなく、体いっぱいにそのビームの直撃を受けて、空中へと弾き飛ばされていた。

しかしそのビームの直撃を受けていても、デスネスの機体には傷一つ見えない。あっけにとられて見ていた盾の目には、あのショートマントの装甲がビームの光を吸収しているように見えていた。

「貧弱なビームだこと。アンタのビームなんざ、このデスネスのアブソープション・マントに吸われて終わるだけの、あえないものだってことさ!」

オーメンの嘲笑を受けたスズはその結果を予期していたのか、特に動揺するような素振りを見せずにモラリニティを飛翔させて、デスネスを追撃する。デスネスもすぐさまモラリニティを迎え撃つ体勢をとり、空中でデスネスが一方的に優勢な接近戦が展開された。

「デスネスの注意を我々からそらすために、あえて不利でも接近戦をかけることで、デスネスを空中にくぎ付けにしようという魂胆……健気な。しかしあれではもつまい。モラリニティが両断されるのも時間の問題だな……!」

どうやって状況を見ているのか、ジャスティムスの中で依然として作業中のコペルニクスがそうつぶやいた。

「なんとかして私の機体をここに持ってこられないの? コペルニクス

ザビーネが焦りの混じる口調で言うが、コペルニクスはかぶりを振って、

「君の機体は今オーバーホール中だろう。たとえ持ってきたって、ロクに戦えんな」

「……そうよね」

「それよりも今はこのジャスティムスだ……なんとか使えるようにせねばな」

コペルニクスが答えた瞬間、空中から金属同士がぶつかる鈍い音が響き渡った。ついにギロチンの刃がモラリニティのボディをとらえ、その清廉な容姿に傷をつけたのだ。

幸いなことに四肢は健在だったが、左胸に深い切り傷が穿たれていた。

スズの悲鳴が空間に響いた。その悲鳴は恐怖でいっぱいだった。それでもスズは浮かんでくる涙を振り払い、モラリニティの体勢を立て直して、再びデスネスに挑みかかる。

「……よし、終わったぞ。ジュン・キドウ、来てくれ!」

やっとのことで作業を終えたらしいコペルニクスジャスティムスから出ると、盾を呼び寄せてその双肩に手を置いた。

そして緊迫をこめて、こう言った。

「君が……このジャスティムスに乗って、あのデスネスと戦ってくれ。頼む」