異常な博士の希望 一章 義の心 ④
盾は一瞬、このコペルニクスという男が何を言っているのか意味がまったく理解できなかった。
それで彼は「な、なんて言ったんです」と聞き返していた。
コペルニクスはしゃがんで目線を盾に合わせて、
「このジャスティムスに乗って、あのデスネスと戦ってくれと言ったのだ。ジュン・キドウ」
その言葉の意味を理解した盾は、このジャスティムスなる物体が戦いをする機械なのだと理解し、それでも解らないといった表情でうつむき、
「な、なんです……意味が解らないですよっ! どうして僕が、こんなものに乗って戦うなんてこと……!」
不安と緊張、そして恐怖に震える悲痛な声音だった。
「君はこのジャスティムスで戦えるからだ。君はジャスティムスと、適合者リストの中で最もよく適合していた人間なのだよ?」
「わからないです……僕、操縦なんてできません!」
「できる。操縦ていっても、複雑な操作は一切ないのだ。それとも、恐ろしいと言うのか?」
「当たり前ですよっ! 僕、戦いなんて……」
「私からもお願いよ、ジュン。あのままでは確実に、モラリニティはデスネスに切り落とされる。パイロットだって、死んでしまうわ……」
視線を劣勢のモラリニティへと流して、ザビーネは続ける。
「スズがやられてしまったら、次は私たちなのよ。君はあのデスネスのパイロット、オーメンのことを何も知らないからなのかもしれないけど、彼女は殺戮者よ。関係のない人たちだって平気で殺すわ。だから私とコペルニクスだけじゃない。君とここの生徒たち、ひいてはこの街の人々も危険にさらされるの。……デスネスを撃退できなければ」
そこでザビーネは額に手をついてため息をもらし、
「ごめんなさい。勝手よね。情けない大人よね。巻き込んでおいて、吐くセリフじゃないわ。でもあなたはこのジャスティムスで戦える。みんなを救うことのできる人間なのよ……」
コペルニクスはうつむく盾の手をとり、
「このジャスティムスをはじめとした、ヴィーラ・マキナと呼ばれるロボットたちは特殊でね。人間の感情、心に反応して搭乗者を選定する性質を持っているのだ。ロボット側が求めている感情や心を持った人間だけが、そのパイロットになれるということだな。そしてジャスティムスが求める感情、心とは……」
コペルニクスは盾の胸をやさしく小突く。
「義の心、公正の心、仁の心だ。君はそれを強く持っているから、ジャスティムスと最もよく適合したのだろう」
コペルニクスはうつむく盾の姿を見つめながら言った。
「私は、君の義の心、公正の心、仁の心を信じたい」
盾はうつむけていた顔を上げて、今も目前の中空で一方的に痛めつけられているモラリニティ、ひいてはそのパイロット・スズのことを想った。
(あのスズという子……怖くても、自分がやられたら皆が危険にさらされるということを解って、怖くったって戦っているのか)
そして、あのモラリニティがやられてしまった後のことを考える。
(あのスズという子がやられてしまったら、みんなが殺されてしまうかもしれない……一方的に。でも僕は、それを止めることができるかも、しれない。)
盾は振り返って、後ろで縮こまっている担任教師や、離れて見守るような生徒たちの姿を一人一人ながめていく。それぞれが複雑な面持ちで盾の姿を見つめていた。
(僕は今、不安定だ……いろんなことが思い出せないし、わからない。でも一つだけ確かなことは)
盾の内奥で徐々に決意と覚悟が固まっていく。
(いま僕は、やれる。……戦うことのできる人間らしいってことだ)
盾は再び振り返って、コペルニクスの褐色の顔にこう言った。
「……乗ります。僕にこのジャスティムスで、戦わせてください!」
コペルニクスは鷹揚に微笑んでうなずき、