異常な博士の希望 一章 義の心 ①

少年はまだ意識のはっきりとしないまま、目を覚ました。

かすかに頭痛の残る頭を手で押さえながら半身を起こすと、状況を一変してしまった教室の様子が一望できた。

まったく惨憺たる有様だ。平和そのものだった教室は半壊し、床には砕けたガラス片やコンクリートの破片、机や椅子などが滅茶苦茶に散らばり、その床にも天井にも窓側を起点とした放射状の亀裂が入っており、教室全体が今にも階下へと崩れ落ちてしまいそうだ。

教室の廊下側には生徒たちと教師が避難をして、当然ながら中には怪我をした者もいた。なんとも幸運なことに、死者はいなかったものとみえる。瓦礫の下にも上にも、倒れている生徒の姿は見えなかった。

そして教室の西側、窓があった面には巨大な穴が出来上がり、その中央には穴をつくった張本人が不動のさまで鎮座し、金属でできた表面に鈍い光沢を放たせている。

徐々に意識が明瞭になってきた少年は立ち上がり、その物体を見据える。そしてその目に焼き付いた映像を思い起こす。

(こいつが……教室にぶつかってきたんだ)

その巨大な人型の物体が教室に衝突する寸前までの映像を思い起こすと、少年はふと気が付いた。

僕は、この物体が衝突する前は、何をしていたんだっけ?

どうして僕は、ここにいるんだ?

ここはいったい、どういう場所なんだ?

僕はいったい、誰だったっけ?

なだれ込む疑問の数々に不安を起こした少年は今一度、半壊した教室を見渡してみる。

(どうして……見覚えがないんだ。僕はここに居たんだぞ。わからない場所にこうして居たはずはない。なんで……)

自分の記憶が行方不明になっているという現状を把握してきている少年の視界に、担任らしき女性教師の姿が入り込んだ。

「盾くんっ、早くそれから離れて、こっちに来なさい! 何が起こるかわからないのよ!」

自分に向かって呼び掛けているのだとわかり、(そうか、僕の名前はジュンっていうんだ)と納得をすると、彼は担任のほうへは行かず、どういうことか物体のほうへと振り向いていた。

自分の名を呼び続けている担任の声を背にして、少年・盾は静かに物体のほうへと歩み寄っていた。

なぜ自分がこんなことをしているのか全く分からない。分からないが、自分がその物体に強く引き付けられているような。招き寄せられているような感覚を感じていたのだ。

担任教師が無理矢理にも連れ戻そうと盾のもとに駆け寄り、右手を掴みかけたその時、美しい光沢を放つその物体の表面に動きがあった。

まるでエレベーターのドアのような挙動で物体の中央がスライドして解放され、中から二人の人影が出現したのだ。